2013年11月25日PM2時47分更新

アイヌが作った北海道の城「チャシ」とは


モシリヤチャシ

釧路市にあるモシリヤチャシ

北海道にはアイヌが残したチャシという遺構が数多くあります。どのようなものなのかまとめてみました。

チャシの用途

一般にチャシは砦や城として作られたとの認識が強くあります。チャシは道東に多くありますが、和人と戦ったシャクシャインの勢力範囲と道東チャシの分布が似ていることから、戦に用いられることが多かったものと思われます。またアイヌの伝承でも戦に用いられた話が多く、城・砦が主な用途の一つだったものと思われます。

チャシ

小高い頂上に柵や住居があったとされる

しかしながら、祭祀の場、権力者や英雄の住居、牢獄、会議場などに使われた伝承も少なからずあり、チャシは多目的な場所であったものと思われます。少なくとも用途が完全に限定された建造物では無いようです。時代によって、状況によって使われ方も変わっていたのかもしれません。

チャシの意味

チャシはアイヌ語で「囲ったもの」という意味があるとされていますが、「チ・アシ」(私たち・建てた)と解釈できるともされています。語源は複数の説がありますが、本来チャシは当時の建造物や柵が建っている状態のことを指し建造物が失われたり、使われなくなったチャシは正確にはチャシコツ(チャシ跡)と呼ばれるべきとされています。北海道では標津郡標津町の「茶志骨」のようチャシコツが地名となっている場合もあります。

チャシの構造

チャシはアイヌによって築かれた建造物です。チャシは丘陵の頂上などを盛り土などで整形し、頂上を平にし、柵などで囲んで、建物を建てた状態が一般的なようです。湖などに浮かぶ独立した小島を使ったり、崖の先端を使ったりしたチャシも存在しています。初期のチャシは地形をそのまま使ったものも多く、後期は盛り土や壕など人の手がかなり使われたチャシも多く作られるようになったようです。

多段に盛り土

釧路市のモシリヤチャシでは多段に盛り土がされている

多くのチャシは頂上に至るのに非常に急斜面となっており、盛り土が多段になっていることからお供え餅のように見えます。釧路のモシリヤチャシは地元では「お供え山」と呼ばれています。